白居易:長恨歌 新楽府 琵琶行 + 源氏物語や枕草子との関係メモ

白居易:長恨歌 新楽府 琵琶行 + 源氏物語や枕草子との関係メモ 中国

白居易と白楽天詩選について

白居易(772-846年)は唐の時代に一世を風靡した詩人。その作品は日本(平安時代)にも伝わり菅原道真も傾倒。『源氏物語』や『枕草子』にも影響を与えた。

白居易の詩には様々なタイプがあるが、諷諭(公的)と閑適(私的)が最重要。諷諭には賞賛と戒めの両面がある。紫式部は中宮彰子の依頼で、諷諭に属する『新楽府』を講義した。閑適は白居の造語で白居易が作ったジャンル。

『白氏文集』(845年)は全75巻、3800首以上と膨大なため、この『白楽天詩選』は代表作を抜粋したもの。

『白楽天詩選』を読んでみて、代表作『長恨歌』もよかったのだけれど、別の代表作『新楽府』に感動。現代の政治家達に読ませたい。

白楽天詩選 上

上巻は、科挙合格以前、エリートコースを歩む長安時期、意見書が越権行為とみなされ左遷された江州時期の作品を収録。

長恨歌

概要

皇帝(玄宗)と傾国の美女(楊貴妃)を題材にした白居易の代表作。前半は楊貴妃の発見から安禄山の乱(755-763年)まで(皇帝は宮廷から逃れ、楊貴妃は落命)。後半は楊貴妃の死を嘆き、道士が楊貴妃の魂と再会するまで。

以下は、要点の抜粋です。

第一段

漢皇重色思傾国
御宇多年求不得

※漢としているが実際は唐
※御宇:宇宙を御す→世を治める

第二段

春寒賜浴華清池
温泉水滑洗凝脂

※春寒:春のまだ浅い日
※華清池:皇帝と楊貴妃の離宮
※凝脂:肌が潤いを帯びている様

第八段

悠悠生死別経年
魂魄不曾来入夢

※曾=これまで(从)
※死んだ楊貴妃の魂は夢にも現れない

第十段

臨邛道士鴻都客
(略)
遂教方士殷勤覓

※『源氏物語』では「幻術士」とされているが、原文は「道士」「方士」(同一人物かは不明)。

※『源氏物語』で、桐壺帝が桐壺更衣の、光君が紫の上の魂/幻を求めるのは、第八段、第十段が下敷きと思われる。

第十四段

天長地久有時盡
此恨緜緜無盡期

※盡=尽
※ここが『長恨歌』の「長恨」と対応。
英訳は「The Song of Endless Sorrow」「Song of Everlasting Regret」など。

新楽府

概要

白居易の諷諭詩の代表作。

楽府とは、元々は前漢武帝時代の音楽を司る役所のことだったが、やがて楽府が採取した民謡の歌詞を指すようになり、詩とは区別された。唐代になると楽府の旋律が忘れられ、歌詞だけが残り、漢詩の一形態となった。新楽府は唐以降の楽府のことで、それ以前の古楽府とは区別される。

紫式部は中宮彰子の依頼で『新楽府』を講義した。

其一:七徳舞

歌七德
舞七德
聖人有作垂無極

※七徳舞:唐の宮廷を代表する舞楽。
※垂:?
※無極:永遠
※唐の第二代皇帝、賢帝太宗(『貞観政要』の李世民)を称えつつ、国家運営の理想を示した。

其四:海漫漫

山上多生不死薬
(略)
秦皇漢武信此語

※皇帝たちが不死の薬を求めて失敗したことを戒めとして示した。

其五十:采詩官

采詩聴歌導人言
言者無罪聞者誡
下流上通上下泰
(略)
君兮君兮願聴此
(略)
先向歌詩求諷刺

※采=採。
※導人言:人々の言葉を上奏する。
※兮:語調を整える助字。
※過去の王朝は采詩官を置かずに滅びた、イエスマンばかりでなく、采詩官を置けという戒め、願いで結ぶ。

その他のメモ

八月十五夜、禁中→源氏物語

三五夜中新月色
二千里外故人心

※中秋の名月の夜に親友の元稹を想った詩。
※三五夜中:十五日の夜。
※二千里:白居易のいる長安と元稹のいる江陵の距離。
※『源氏物語』須磨巻では、光君が都を想い「二千里外故人心」と朗誦する。

重題(香炉峰下、親置草堂~)→枕草子

遺愛寺鐘欹枕聴
香炉峰雪撥簾看

※左遷された白居易は香炉峰の麓に住むことに。老後を過ごすには良い場所。
※ 欹枕:枕を立てて頭を高くする。
※匡廬:盧山の別名。香炉峰は盧山の一つの峰。
※清少納言の『枕草子』でも有名。中宮定子「少納言よ。香炉峰の雪いかならむ」に対し、清少納言は御簾を上げ雪景色を見せた(定子もにっこり)。

心泰身寧是帰処
故郷何独在長安

※左遷されたけど心は穏やか。そこが落ち着く場所。故郷は長安だけではない。

西安旅行の写真

華清宮

白居易『長恨歌』の華清宮_西安旅行1

白居易『長恨歌』の華清宮_西安旅行2

白居易『長恨歌』の華清宮_西安旅行3

華清宮は皇帝と楊貴妃の離宮。長恨歌の時代をどれだけ留めてるのかはわからないけど、私の脳内ではこんなイメージで再生されます。ここまで西安からバスで1時間くらい。兵馬俑はここからバスで10分くらい。

空海記念碑

西安市内の空海記念碑_西安旅行

西安市内にある空海記念碑で、中国と日本の歴史的繋がりに感動。私は北京→天津→曲阜→開封→洛陽→西安と列車で途中下車しながら来たのですが、それでもすごく大変で、遣唐使の皆さんが飛行機、列車、車なしでここまで来たのマジでエグいと思いました…😆

白楽天詩選 下

下巻は忠州(三峡)、杭州、蘇州で地方官僚を歴任し、最後は洛陽に落ち着く後半生の詩を収録。

忠州と杭州の間では長安に呼び戻され、高級官僚のエリートコースに復帰するも、朝廷内の政争に嫌気がさし自ら離脱。杭州の地方官僚になる。

いずれの地でも、官僚として地位は高いけど、仕事は緩く、恵まれた待遇を満喫した。特に洛陽では「知足」や「閑適」を詠んだ詩が多い。

1200年前の人にここまで共感するなんて想像もしてなかった。今でも通用する普遍的な内容だし、自分の人生にも重なるところがあって共感しかない。1200年前の人と交信できた気がして感動しました。

杭州の詩

春題湖上

湖上春来似画図
乱峰囲繞水平舖
(略)
未能抛得杭州去
一半勾留是此湖

※囲繞(wei2 rao4):まわりを囲むこと。
※平舖(pu1 ping2):平らに敷く。
※抛(pao1):放り投げる
※一半:半ば。
※西湖を去り難い気持ちを詠んだ。

西湖留別

處處回頭盡堪戀
就中難別是湖邊

※盡:尽く(ことごとく)
※杭州のあちこち何もかも恋しいが、その中でも別れ難いのは西湖のあたり。

杭州旅行の写真

西湖十景の一つ三譚印月(昼)

西湖十景の一つ三譚印月(昼)

湖底の泥で造られた西湖に浮かぶ島の小瀛洲から、その南西側に建つ3本の石灯籠の方を見た景観のこと。一元札の絵としても有名。夜の湖面には3つに分かれた月が映ると言われている。西湖のあちこちから三譚印月へと渡る遊覧船や手漕ぎボートが出ている。

西湖十景の一つ断橋残雪(夏)

西湖十景の一つ断橋残雪(夏)

白居易は杭州時代に治水事業を実施し、そのとき西湖に建てた堤防を白堤という。断橋残雪は白堤の北側部分の橋で、冬の雪景色が最も美しいとされている。積もった雪が陽の当たる橋の中央から溶け出すと橋が切断されているように見えるらしい。

西湖十景の一つ蘇堤春暁(夏)

西湖十景の一つ蘇堤春暁(夏)

2.8kmに渡って西湖の南北を結ぶ人口の堤防。蘇堤の由来は宋の詩人かつ政治家の蘇東坡が20万人の人民を動員して築いたため、春暁の由来は春の朝霧の中ウグイスの鳴き声を聞きながら柳越しに見る西湖が最も美しいためらしい。

→西湖十景色は、双峰挿雲を除き、柳浪聞鶯にはウグイスの鳴き声が、雷峰夕照と南屏晩鐘には夕日が、花港観魚には鯉が、三譚印月と平湖秋月には月が、蘇堤春暁は春の朝霧が、曲院風荷には満開の蓮が、断橋残雪には雪が必要なので、西湖十景を観光でコンプリートするのはほぼ無理。最低一年くらいは滞在して毎日のように西湖を散歩したいところ。

※西湖は一周約15km。見所を抑えながらじっくり味わって回ると一日かかる。西湖のためだけに一日。でも西湖にはその価値がある。

西湖新十景の1つ龍井問茶の茶畑

西湖新十景の1つ龍井問茶の茶畑

西湖からバスで10分くらい。杭州は西湖も龍井村も本当に綺麗で良い思い出しかない。西湖も龍井村も好きすぎて2回行ってて、好きあらば3回目も行きたいくらい。

→杭州は本当に良いところ。1200年前の白居易と気持ちが通じ合えているような気がしてうれしい。

個人的に好きな詩のメモ

西掖早秋直夜書意

若無知足心
貪求何日了

※西掖:中書省
※直夜:当直の夜
※ もし知足の心がなければ、貪欲はいつ終わるのか。

閑行

五十年来思慮熟
忙人應未勝閑人
(略)
衣食單疏不是貧

※閑行:ゆっくり行く
※應:応
※單疏:粗末
※忙しい人が閑な人より優れるはずはない。

中隠

賤即苦凍餒 貴則多憂患
唯此中隠士 致身吉且安

※凍餒(とうだい):飢えや寒さ
※貧しければ生活が苦しく、豊かでも心労が多い。中隠が良い。

耳順吟

三十四十五欲牽
七十八十百病纏
五十六十卻不悪

※卻:かえって

快活

誰知將相王侯外
別有優游快活人

※將相:将軍、宰相
※将軍、宰相、王侯以外にも優游快活な人がいることを、誰が知っているだろう。

自喜

自喜誰能會 無才勝有才

※自ら喜ぶこの思い、誰がわかるだろう、無能は有能に勝る。

狂言示諸姪

如我優幸身 人中十有七
如我知足心 人中百無一

※私のように恵まれた身の人は10人中7人はいるだろうが、私のように知足を心得ている人は100人中1人もいない。

夜聞歌者卾州、琵琶行と、源氏物語

白居易『夜聞歌者卾州』『琵琶行』

『夜聞歌者卾州』と『琵琶行』は、『源氏物語』と関連あり。

紅葉賀(7帖)で源典侍(※)が琵琶で弾き語る哀調の美声は、白居易の『夜聞歌者卾州』や『琵琶行』に重ねられている。

※げんのないしのすけ、高級女官、57、58歳、好色、お笑い担当キャラ

●源氏物語の記載

「白楽天が身元を訊いても答えなかった、うつくしい歌うたい」

「あの鄂州にいたという昔の女も、このような美声だったのだろうか」

●夜聞歌者卾州

夜泊鸚鵡州 秋江月透徹
隣船有歌者 発調堪愁絶
(略)
独倚帆柱立 嫂娣斗十七八
(略)
借問誰家婦 歌泣何凄切   
一問一霑襟 低眉竟不説

※卾州:武漢の長江南岸の市。
※鸚鵡州:長江の中洲。
※愁絶:悲しみに堪えないこと。
※嫂:兄の妻、娣:弟の妻、斗:単位?
→嫂娣斗十七八:十七八歳くらいの既婚女性?
※竟:終わる、尽きる、ついに、とうとう。

●琵琶行

我聞琵琶已歎息 又聞此語重喞喞
(略)
今夜聞君琵琶語 如聽仙樂耳暫明
莫辭更坐彈一曲 爲君翻作琵琶行

※喞喞:ため息の音。
※莫:なし、なかれ→否定の言葉。
※辭:辞す。

『琵琶行』は『長恨歌』や『新楽府』と同じく白居易の代表作。左遷中の白居易は、昔は長安で活躍したが今は年老い色香も衰え、江州のあたりを転々としている琵琶弾きと出会う。『琵琶行』は彼女に贈った詩。

『夜聞歌者卾州』が実話(女性は17, 18歳)で、『琵琶行』は女性を老いさせた創作?

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