マーダーボット・ダイアリー:あらすじ・原書で読んだ感想・考察 マーサ・ウェルズ

マーダーボット・ダイアリー:あらすじ・原書で読んだ感想・考察 マーサ・ウェルズ アメリカ

『マーダーボット・ダイアリー』とは?

『マーダーボット・ダイアリー』は、アメリカの小説家マーサ・ウェルズさんが2017年から発表している連作SF小説です(2024年5月時点で既刊7作、続編も執筆中)。

本作はヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞の3冠を受賞しており、近年のSF小説を代表する名作です。

また、日本語版では主語の「I」を「弊機」と翻訳したことでも評判になっています(が、個人的にはこの翻訳に疑問があり、そのことは後の感想・考察の項で触れたいと思います)。

『マーダーボット・ダイアリー』のあらすじ

マーダーボット・ダイアリー(上)

日本語版『マーダーボット・ダイアリー(上)』には1巻『システムの危殆 All Systems Red』と2巻『人工的なあり方 Artificial Condition』の2作が収録されています。

システムの危殆 All Systems Red

As a heartless killing machine, I was a complete failure.

冷徹な殺人機械のはずなのに、弊機はひどい欠陥品です。

主人公の弊機は過去に大量殺人を犯したとされている人型警備ユニット(SecUnit)。今は統制モジュールをハックして自由となり、惑星資源調査をしている科学者達のチームに雇われている。

そんな弊機は人間とのコミュニケーションが苦手な陰キャで、誰にも邪魔されずに趣味の連続ドラマ観賞に没頭していたい。しかし、調査員の一人が惑星に生息する謎の生物に攻撃されてしまったことから、平穏な日々が激変。危険生物や一部地域の情報が削除されていることも判明する。

そこで弊機が所属するPreservationのチームは調査範囲を拡大。同惑星の反対側を調査していたDeltfallの居住環境に行くと、全員が殺害されていた。そしてGrayCrisからのメッセージが届く。

  • The Corporation Rim:本作の舞台となる銀河の大部分にまたがる地域。単一の政府を持たず、多くの民間企業によって共同/分割統治されており、諜報、暗殺、奴隷契約、資源搾取などが蔓延している。弊機を作ったThe Companyはこれらの企業の1社。
  • Preservation Alliance:The Corporation Rimから独立した自由世界のグループ。
  • PreservationAux:Preservation Alliance内の科学者達の組織。弊機はここに雇われて惑星調査に帯同している。当該チームはPreservation、リーダーはメンサー博士。
  • デルトフォール DeltFall:同じ惑星で調査をしている他の企業。The Corporation Rim所属。
  • グレイクリス GrayCris:同上かつ本作の悪役担当。

人工的なあり方 Artificial Condition

Even I knew I couldn’t spend the rest of my lifespan alone riding cargo transports and consuming media, as attractive as it sounded.

弊機でさえも分かっていました、残りの人生の全てを貨物船に乗り連続ドラマを見て過ごすことは、たとえ魅力的に聞こえても、実際はできないと。

弊機は過去に誤作動を起こし57人を殺害したとされているが、その記憶は無機パーツから削除され、有機パーツにだけ曖昧に残っていた。

弊機は自身を「マーダーボット(殺人機械)」と呼ぶきっかけになった事件の真相を明らかにするため、事件が起きたRaviHyralの採掘施設へ向かう。

ARTは弊機がハッキングした無人船のAIボットで、反発する弊機に絡み最終的には友人になる。弊機は過去の大量殺人事件の原因は自身の誤作動だと思っていたが、ARTから他の可能性を指摘される。その事件は弊機が自分でやったのか?または外部の何者かが弊機を利用してやったのか?それで利益を得るのは誰か?

弊機のような警備ユニット(SecUnit)は雇用契約書なしにThe Corporation Rim内で活動することはできない。そこで弊機は研究成果を盗まれて怒っている科学者3人の警備コンサルタントとしてRaviHyralに入って行く。

マーダーボット・ダイアリー(下)

日本語版『マーダーボット・ダイアリー(下)』には3巻『暴走プロトコル Rogue Protocol』と4巻『出口戦略の無謀 Exit Strategy』の2作が収録されています。

暴走プロトコル Rogue Protocol

Miki told her, “Priority is to protect my friends.”
“Priority change.” Abena sent. “Priority is to protect yourself.”
“That priority change is rejected.” Miki told her.

ミキは彼女(アベナ)に言った「優先事項は友達を守ることです」
「優先事項の変更」アベナは(指示を)送った。「優先事項はあなた自身を守ることです」
「その変更は却下されました」ミキは彼女に言った。

弊機が失踪したことでメンサー博士は当局から追及を受け、メディアにも取り上げられるようになっていた。そのメンサー博士はGrayCrisを疑い、惑星ミルーのテラフォーム施設(人が住めるように地球化した施設)を調査するよう、Preservationの評議会に要求していた。

このニュースフィードを見た弊機は、メンサー博士を助けるため、メディアの自身への注意を逸らすため、そしてGrayCrisを本気で憎むようになっていたことから、惑星ミルーへ向かう。

惑星ミルーにはテラフォーム施設の調査隊がいた。彼らはテラフォーム施設の買取りを申請したThe Corporation Rim外の小企業GoodNightLander Independent (GI)のチームで、施設の崩壊を防ぐためのトラクターを配列し、これから施設の調査を行うところだった。弊機はSecurity Consultant Rinを装い、GIの人型ロボットMikiと友達になり、調査に同行する。

出口戦略の無謀 Exit Strategy

I was having an emotion, and I hate that.

弊機に感情が生まれていた。弊機はそのことが嫌だった。

弊機は惑星ミルーで掴んだGrayCrisの秘密をメンサー博士に届けようとする。しかし、そのメンサー博士はGrayCrisから諜報行為を捏造され身柄を拘束されていた。弊機はメンサー博士を助けるため、罠と知りながらGrayCrisの本社があるTranRollinHyfaへ向かう。

弊機はTranRollinHyfaでメンサー博士のチームメンバー3人(1巻『All Systems Red』の時の仲間)と再会。GrayCrisが要求しているメンサー博士の身代金を偽装し、メンサー博士の救出作戦を決行する。

弊機はメンサー博士との再会には成功したものの、そこからの脱出は簡単ではなかった。アラームが鳴り響く中を追手が迫ってくる。弊機は自分を犠牲にしてメンサー博士を逃がそうとする。

ネットワーク・エフェクト Network Effect

2.0 said I know violence isn’t the solution to everything, but in this case…
In this case, yeah.

弊機2.0は、何事も暴力が解決策になることはないが、この場合は…、と言った。
この場合は、yeah

弊機はメンサー博士の娘アメナ、彼女の義兄弟チアゴ等を含む調査チームに同行していたところを、謎の調査船に攻撃を受ける。他のメンバーは脱出ポッドで危機を逃れるが、弊機とアメナは謎の調査船に引き込まれてしまう。

その調査船は肌の色が灰色の人間達がハックしたもので、船内には捕虜の人間もいた。灰色人間達を倒した後で、弊機はこの調査船が(2巻『人工的な在り方』で友達になった)ARTがかつて運転していたものと同じであることに気づく。ARTは灰色人間達に削除されてしまっていたが、弊機だけが分かるように復元用コードを残していた。弊機はARTを復元する。

灰色人間達は何者なのか?なぜARTの調査船をハックしたのか?なぜ弊機達を攻撃したのか?GrayCrisと何か関係があるのか?

ARTのクルーを救出するため、一行は問題とされる惑星コロニーへ向かう。

逃亡テレメトリー Fugitive Telemetry

I’ve seen a lot of dead humans. I mean a lot.

弊機は沢山の死体を見たことがあります。本当に沢山の。

(本作は6巻ですが、5巻『ネットワーク・エフェクト』の前にあった前日譚になります)

ある日Preservation Allianceの宇宙ステーションで死体が発見され、弊機はメンサー博士の依頼でこの殺人事件を調査している人間達の調査チームをサポートすることになる。被害者は誰なのか?犯人は誰でどのように事件を起こしたのか? GrayCrisとの関係は?

弊機はメンサー博士のチームのメンバーからは信頼を得ていたが、今回の新しいチームのメンバーはまだだった。彼らは弊機のことを完全には信頼しておらず、セキュリティーシステムへのアクセスも与えてもらえない。弊機は典型的な探偵のように足を使いながら、ドラマから得た人間の知識を活かしながら、事件を調査する。

被害者の名前はLutran。彼の貨物は運送会社Lalowの宇宙船によって次の目的地へと運ばれることになっていた。そこで特別捜査官のアイランと港当局員ガミラがLalowの宇宙船に乗り込むが、彼らは囚われてしまう。弊機は港当局のボットのバリンの助けによって宇宙船のドアを開け、2人を救出。そしてLalowのクルー達に質問をして事件の真相を追求していく。

システム崩壊 System Collapse

At least it was making me nervous for a survival-based reason instead of … redacted

少なくともそれは生存に基づく理由で弊機を緊張させました、(・・・削除)の代わりに

『ネットワーク・エフェクト(5巻)』の後の話である(『逃亡テレメトリー(6巻)』は5巻の前の話で、時系列どおりではありません)

The Barish-EstranzaはThe Corporation Rimに所属する企業で、他の企業が放棄したLost Colonyを取得し、そこの住人と奴隷契約を結び、利益を上げようとしていた。一方、弊機も加わったARTのチームはこの動きを察知し、the Barish-Estranzより先にLost Colonyへ行き、住人たちの自由を守ろうとしていた。

このLost Colonyに住み続けることは不可能であり、住人たちにとってthe Barish-Estranzaの提案は一見妥当なものに思える。ARTのチームは大学(Pansystem University of Mihara and New Tideland)に由来し、Lost Colonyを研究のために利用しようとしているようにも見える。弊機は『ネットワーク・エフェクト』で初対面の3号の信用を得たときのことを思い出し、類似のアプローチでLost Colonyの住人たちの信頼を得ようと試みる。

一方、本作の弊機は『ネットワーク・エフェクト(5巻)』での辛い経験からシステムに支障をきたしていた。それはredactedというコードで表され、日記の流れは途切れ途切れになっていた。メンサー博士もARTも辛い体験からトラウマを抱えていた。

※2024年5月時点で未邦訳。

『マーダーボット・ダイアリー』の感想・考察

「弊機」の翻訳についての私見

「弊機」という訳は面白いし、その発想はブラボーだと思います!

一方、本作は〜ダイアリーズ、つまり日記なわけで、日記というプライベートな場で「弊機」なんて言葉を使うか?「弊機」は仕事で使う言葉では?という疑問も抱いたのが正直な感想です。

「弊機」はへりくだった言い方で、必然的に文体も敬語調。でも「弊機」はシャイなだけで芯が強く行動力もめちゃくちゃある。asshole, fxxk you, shitとか悪い言葉も普通に使う。英語のオーディブル版は弊機感や敬語感は全くなかった。

アップルTVでドラマ化されるらしく、日本語字幕の担当者さんは困るかも?ただシャイなだけで実際は強キャラな主人公に「弊機」や敬語調の字幕を付けたら不自然だけど、もう「弊機」は浸透しちゃってるし、日本の視聴者も「弊機」を期待してるだろうし…

批判が目的ではなく、現状を鵜呑みにせず自分の頭で考えてみることの丁度良い事例だなと思ってのコメントです。誰が正しいとかはあまり重要じゃなく、自分で考えることが大事で、間違ってたら訂正する。このサイクルを回すだけ。

「弊機」という訳が面白いのは事実なのでそこはブラボー!超訳としてはとても面白いと思います!

↑ネガティブをポジティブでサンドウィッチして和らげようと必死です…^^;

wantを探す旅

This was what I was supposed to want. This was what everything had always told me I was supposed to want. Supposed to want.

これは私が欲しがることになっているもの。これはあらゆるものが私に対して、私はこれを欲しがることになっている、と言ってきたこと。欲しがることになっている。

be supposed toは外的要因(義務、規則、取り決め、約束、任務、期待、性質、習慣、運命、自然法則など)で「することになっている」。wantは内因性かつ自発的なものだから、そこで生じる矛盾。

社会の常識や他人の期待に応えようとして自発的なwantを見失ったり抑圧されてる人も多そう。

私的には、wantは探して見つけるものじゃなくて自分で作るものなんじゃないかと思っています。小説家がフィクションを作るように。

生まれた意味、生きる意味、使命とかも無い方がいい。もしあったら弊機のようにwantを外的要因に決められてることになる。wantをプログラムされているロボットみたいで私はいや。そういうものは自分で作れる自由があった方がいい。

もっと言うと作らない選択をする自由もあった方がいい。じゃないと息苦しい。そんなのディストピアやん。

現時点の最高傑作は5巻『ネットワーク・エフェクト』

個人的には、シリーズ5作目(初の長編)の『ネットワーク・エフェクト』が最高に面白かったです。弊機2.0や3号まで登場してシリーズ内の最高傑作だと思います!

『ネットワーク・エフェクト』で、弊機は探していたwantをついに発見。それを実行する次作がとても楽しみ。ワクワクが止まりません。

弊機がドラマ好きなのはただの陰キャ設定かと思いきや、友情を繋ぐ架け橋になってたのにはやられました。最後の終わり方が凄く良かったです。

6巻『逃亡テレメトリー』は5巻『ネットワーク・エフェクト』の前に読め

6巻『逃亡テレメトリー』は殺人事件を扱う探偵もの。弊機は趣味のドラマ鑑賞で仕入れた人間の知識も活用しながら犯人を追います。

ただし、本作は時系列的には前作(ネットワークエフェクト)の前日譚。

本作自体は悪くないと思うけど、前作が最高の終わり方をして次への期待が高まっていたため、なんだか肩透かしをされた感は否めません。

これから読む人は5巻『ネットワーク・エフェクト』より先に本作を読むのがおすすめです。

トラウマ治療:redacted(削除されたもの)

6巻『逃亡テレメトリー』を経て、いよいよ5巻『ネットワーク・エフェクト』の続き、7巻『System Collapse』(2024年5月時点で未邦訳)。

さあ来い!と更なるなる盛り上がりを期待していたのですが、シリーズ的には一呼吸置く為の巻なのかもしれません。

本作『システム崩壊』では、弊機は5巻『ネットワーク・エフェクト』での辛い経験からシステムに支障をきたし、日記が「redacted(削除)」というレスポンスで途切れ途切れになります。

これは人間が辛い記憶を削除するのと同じことを表現しているのだと思います。メンサー博士や友達のARTも辛い経験をしていて「トラウマ治療」というキーワードもあり、redacted(←こんな感じで途切れます)

日本、韓国、中国あたりの(香港、台湾も?)東アジアは世界的にみてメンタルに厳しかったりするのでしょうか?もし世界基準では耐えなくていいことも耐えてるなら損してるから基準を緩めた方がいいなと思いました。

本作は弊機がジェンダーレスだったり、このようにメンタルヘルスを扱っていたりで、社会性を意識していそうです。

リモートワークやジェンダーレスが欧米で先行して、それを日本が後追いしてるみたいに、メンタルヘルスもそうなるのか?または東アジアは別なのか?興味を持って追いたいです。

メモ:作品の長さについて

今回私は英語版オーディブルを聴いたのですが、作品の長さはざっくり以下の3つが同じくらいでした。

  • 1-4巻の合計
  • 5巻単独
  • 6, 7巻の合計
SushiGPT
SushiGPT
英語版オーディブルは全巻聴き放題対象です!(2024年5月時点)
オーディブル「聴き放題」作品100選(和書50+洋書50)
この記事はオーディブルが大好きな筆者が、和書50選+洋書50選の計100冊、「聴き放題」対象作品をまとめたものです。 オーディブル経験済の方へは、これから聴く作品の参考になれば、 オーディブル未体験の方へは、100選の後に無料体験の方法や退...

コメント

タイトルとURLをコピーしました