『トリマルキオの饗宴』と『グレート・ギャツビー』の共通点(ペトロニウス、スコット・フィッツジェラルド)

ペトロニウス『トリマルキオの饗宴』とフィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』の共通点 アメリカ
グレート・ギャツビー:あらすじ、原書で読んだ感想・考察(スコット・フィッツジェラルド3rd長編)
『グレート・ギャツビー』は、1925年に発売されたスコット・フィッツジェラルドさんの3rd長編です。アメリカ文学史上のみならず、世界文学史上においても超名作に列され、スコット・フィッツジェラルドさんの地位を不動のものとしました(発売当時は売れませんでしたが…)。

この記事は↑の記事から切り出した詳細記事です。

ペトロニウスの『トリマルキオの饗宴』とは?

『トリマルキオの饗宴』は、ペトロニウスさんによる古代ローマ(1世紀頃)の小説『サテュリコン』の中の、1つのストーリーです。

『サテュリコン』は悪漢小説の先駆け、風刺小説の金字塔と評価されており、「トリマルキオ」を英辞郎で調べると「趣味の悪い成り上がり者の代名詞」とされています。

『トリマルキオの饗宴』は、『グレート・ギャツビー』の元ネタになっている作品でもあります。

『トリマルキオの饗宴』と『グレート・ギャツビー』の共通点4選

1.作者:ペトロニウスとフィッツジェラルド

ペトロニウス

  1. 贅を知り尽くした人物で皇帝ネロの享楽/背徳の指南役
  2. 教養もありギリシア/ローマの饗宴文学をベースに『トリマルキオの饗宴』を執筆
  3. そこに自分の実体験を加えた

フィッツジェラルド

  1. デビュー作で時代の寵児に成り上がり豪遊しまくる
  2. 文学の知識も豊富で『トリマルキオの饗宴』と『闇の奥』をベースに『グレート・ギャツビー』を執筆
  3. そこに自分の実体験を加えた(妻のゼルダは破天荒なフラッパーだからネタが湧き出る泉。バブル期でみんな浮かれてるからネタになる人物やエピソードもそこら辺にたくさん転がってる)
2. 主人公:トリマルキオとギャツビー

トリマルキオ

  1. 解放奴隷から成り上がった新興の成金で、金にものを言わせた豪華なパーティーで自らの力を誇示
  2. 良いところもあって、貧しい時に買った老けた少年奴隷を今もお気に入りとして使っていたり、奴隷出身だから自分が抱えている奴隷達の気持ちもわかり可能な限り解放してあげたいと思ってる
  3. 教養をアピールしたいのかギリシャ神話を語るものの、内容はデタラメで、滑稽なキャラとして描かれる

ギャツビー

  1. 貧しい出自ながら(多分違法な)ビジネスで成り上がった新興の成金で、金にものを言わせた豪華なパーティーで自らの力を誇示
  2. 良いところもあって、好きなデイジーと再開するときガチガチに緊張したり、デイジーの罪を肩代わりしたり、成り上がる為にめちゃくちゃ努力した
  3. Jay Gatsby(お間抜けギャツビー)という滑稽な名前を与えられ、サンフランシスコを中西部と明らかな嘘を言う滑稽なキャラとして描かれる
3. 構造

トリマルキオの饗宴:語り手のエンコルピウスが謎の男トリマルキオを語る。

グレート・ギャツビー:語り手のニックが謎の男ギャツビーを語る。

4. 現実性と虚構性の二面性

両作とも作者の実体験が盛り込まれているためリアリティーがあり、そこに滑稽なキャラのトリマルキオ/ギャツビーや、現実離れしたド派手なパーティーが虚構性を加えている。

この現実性と虚構性の二面性が両作品に深みを与えており、この点はノンフィクションには出せないフィクションの強みだと思います。

『サテュリコン』についての補足

『トリマルキオの饗宴』が含まれる『サテュリコン』について、邦題は慣例で「サテュリコン」となっているようですが、本来は「サテュリカ」とすべきらしいです(〜カとなるのは多分オデュッセイアと同じ文法)。サテュリカはおそらく風刺文学(satura)にかけていると思われます。

『サテュリコン』の解説を読むと、本作は表向きは風刺小説だけど、実際は皇帝ネロを楽しませるために書かれていて、教訓的な意味は込められていないようです。なぜなら作者自身がネロの享楽/背徳の指南役でズブズブの関係だから、そんな人が教訓を込めても説得力がなく言行不一致で矛盾してしまうと考えられるからだそうです。

『グレート・ギャツビー』の早期版『トリマルキオ』

『トリマルキオ(Trimalchio )』は『グレート・ギャツビー』の早期版(an early version)です。この版に編集者の助言が入り、部分的にリライトされ、タイトルも変わり、完成品の『グレート・ギャツビー』になりました。

その過程で一体何があったのか?完成品だけではわからないことも『トリマルキオ』を読むことでヒントが得られます。実際、2013年版映画の監督と役者達は『トリマルキオ』を読み込み、演技の参考にしたと、監督本人が語っています。

『グレート・ギャツビー』が古代ローマの小説、ペトロニウスさんの『サテュリコン』を元に書かれていることは、洋書『Trimalchio』のイントロでも触れられています。

『サテュリコン』と『トリマルキオの饗宴』の日本語版Wikipediaをさっと見るだけでも、そのことはすぐに感じられます。ジェイムズ・ジョイスさんがギリシア神話『オデュッセイア』を元に『ユリシーズ』を書いていることと同じで、神話や歴史に重ねると深みが増すパターンですね。

『トリマルキオ』→『グレート・ギャツビー』への変更点3選

『トリマルキオ』から『グレート・ギャツビー』へと改訂される過程で、どこがどのように変わったのか?

そのことに興味を持った私は、両作をWordにコピーし、比較機能で差分を抽出して調べてみました。黒字が『トリマルキオ』、赤字が『グレート・ギャツビー』です。

グレート・ギャツビーとトリマルキオの差分をワードの比較機能で抽出

このようにして両作の差分を抽出した結果、重要と思った点を以下に整理しました。

1. money(お金)→credit(信用)

トリマルキオ:money(お金)

グレート・ギャツビー:credit(信用)

1章と2章はほぼ同じでしたが、上記の違い、語り手ニックが買った本のくだりの違いは要注目と思いました。

money(お金)→credit(信用)の変更に、実在しないお金を帳簿上で信用創造する=当時の富は虚構=ギャツビーはそういう時代の人であることを明確にしよう、という意図を感じます

2. ギャツビーがお金持ちな理由

『トリマルキオ』と『グレート・ギャツビー』の明らかな違いとして、『トリマルキオ』ではギャツビーがなぜあんなにお金持ちなのか、その情報が全く提供されていません。

そこに編集者さんから助言があって完成品の『グレート・ギャツビー』では追記されたようです。

確かにそれは追記した方がリアリティーが増して良いと思います。この編集者さん有能ですね。

3. 『グレート・ギャツビー』で削除されたこと

下記2つの引用部分は、『トリマルキオ』のみに存在し、『グレート・ギャツビー』から削除された箇所ですが、ギャツビーのキャラクターや気持ちを理解するのに役立つ記載だと思います。

なんとなく想像はできるかもしれませんが、根拠があるに越したことはないので、こうやって『トリマルキオ』で確認できるのは助かります。

Daysy‘s a person – she’s not just a figure in your dream.
デイジーは人間だ。- あなたが夢の中で作る人物ではない。

“You know, old sport, I haven’t got anything,” he said suddenly. “I thought for awhile I had a lot of things, but the truth is I’m empty, and I guess people feel it. That must be why they keep on making up things about me, so I won’t be so empty. I even make up things myself.” He looked at me frankly. “I’m not an Oxford man.”
「君は知っているだろう、オールド・スポート、ボクは何も持っていない」彼は突然言った。「ボクはしばらくの間は沢山の物を持っていると思っていた、でも真実は、ボクは空っぽで、人々もそのことを感じていると思う。彼らがボクの話をでっちあげ続けている理由は、ボクが空っぽにならないようにするために違いない。ボクでさえ自分自身をでっち上げた。」彼は私をまっすぐ見て言った。「ボクはオックスフォード・マンじゃない。」

3rd長編『グレート・ギャツビー』の記事はこちら

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スコット・フィッツジェラルドさんのまとめ記事はこちら

スコット・フィッツジェラルドの全長編&短編集を原書で読んだ感想・考察
感想・考察の根拠には、スコット・フィッツジェラルドさんのエッセイや手紙、ヘミングウェイさんの視点、映画、ドラマなど、アクセスできるものを可能な限り利用しました。

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